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また「さむい」がわからなくなったなー。
わからないというか、なんとなくわかるんだけど、「あたたかくなろう」と思わない感じ。
落ち込んだ気分の時にグロ暗い音楽ばっかり聴くのとか、黒っぽい服ばっか着るような感じかなー。
あんたには寒いのがお似合いよ! ハッ!(←鼻笑い) みたいな。
といっても室温は19度はあるらしいんだけども。


去年の今頃は60人~70人だった一日の来院者が、常時120人近くあるようになって、病院に行ってもゆっくり先生と話ができません。ちょっとへこんだー。
78番の私の診察が終わったのが18時半くらいだったよ。120番の人は何時になるのかな。
先生は10時からずーーーーっと診察してて、お昼を食べたのが16時過ぎ。
泣ける。

東京に戻りたいなあ。
週に一度一時間、私のための時間をとってもらえた。
家から出れなくて行けなかったけどね。
大学に住みたい……寝袋でいいから……

……賃貸情報見てたら死にたくなってきました……
なんであんなところに大学あるんだろう……白金……
家賃高すぎるよ
すめないよ


……熱測ってみたら37度ジャストだった。微熱かな……


とか書き込もうとしてたら、「前後不覚に酔っ払った」という相方から電話があって、そりゃもう酔っ払って四回も吐いた後だったそうなのでとても良い声だった!(笑) だいぶ和んだ。
昔は二日酔いでガンガンと頭痛している耳元に更に反省しろとばかりに「バカ!!」と叫んだものだけれど、まあ仕事の付き合いじゃあなあと優しくする私がいたよー。
いや、良い声だった。録音しとけばよかった。

付き合い+αだったりもしたのかな?
酔いたい気分なんだと思いながら飲むと悪酔いしたりするよね。
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本年もどうぞよろしくね。


なんとなく、チャットを復活させてみました。
かのにかまわれたい人がちょちょっとのれんを潜ってみるコンテンツ。
そんなしょっちゅうはいないですが、気が向いたら中で遊んでますのでお気軽においでくださいね。
チャットにいる時にはヤフーにもログインするようにしますので、メッセアイコンは目安にしてください。ヤフーにいてもチャットに居ないこともあります。
チャットはPCからのみ利用できます。ちょっと最初は使い方がわかりにくいですが、快適ですよ。でも、me以前の人にはちょっと重いかも。
ちなみに、入室しないとチャットの内容は見れませんし、ログは残りません。

あ、ついでに、メッセ登録したい方もお気軽にどうぞ☆
年が変わる前に済ませなければいけないことを山のように持ち越しつつ。



皆様、良いお年を。




追記。
紅白観終わってお風呂入ろうとして服脱いでみたら、一昨日切ったところがいかにも自傷創です~と言わんばかりに腫れていて、うっわーカッコわりいなあと思いました。

リスカ、かっこわるい。


2006年の置き台詞にしとこうと思いました。

風呂入って温まったら傷開いて痛いです。
自業自得自業自得。清々しく笑えます。
2007年はいい年になりますように。
今夜いい夢見れますように。
おやすみなさい!
酸欠の金魚みたいなかのです。こんばんは。
ここ三日四日、降血週間だったのもあるとは思うんですが、「あ~、鬱? 今鬱? 鬱ってこんな感じだったっけ~? あーこんなカンジかーはーしみじみ」みたいな感じで。
腕もそこそこざくざくと。(あちゃー)

ずーっと、もう何も問題はなくて、あとは体力を戻すだけだと思ってたんですが、まだ頭の中に、腰据えて構ってやるべき問題が残っているのかもしれません。
ゼリーの材料は全部揃えて溶かしたんだけど、まだゼラチンが入ってないみたいな感じ。(精一杯の例え)

具体的にいうと、確かに、前まで私を苛んでいたものがなくなって、すーっと楽にはなったのです。
何がなくなったかというと、人への―――親や環境に対する、ウラミツラミ、であるとか、不満であるとか、そういうものに煩わされることがなくなったなあと思います。
でも、そういうものがなくなっただけで、私はまだ、自分自身のことはまだまだまだまだわかっちゃいないんじゃないかと。


十月の下旬に、清水真砂子氏の講演を聴きに行って、初めて気づいたことがありました。
私は傷ついた子どもだったということ。

児童文学のお話をしていてね、清水さんは、「戦争のことを子どもに教えるのは、生きる喜びをじゅうぶんに知ってからでいいと思う」っていう内容のことを仰ったの。
雷に打たれたみたいにショックだった。
就学前から私は文字に親しむのが早い子どもだったし、ひとりでお留守番することが多かったから、たくさん本を読んで育った。
おこりじぞうも、ガラスのうさぎも、猫は生き残ったも、かわいそうなぞうも、トミーが三歳になった日も、ひろしまのピカも、ちいちゃんのかげおくりも、もっといろいろあった、絵本を自分で読んだ。何度も読んだ。ヒロシマの写真集もあった。痛々しい写真を手の平で覆いながら、全部の日付を、文字を、ちゃんと追った。小学校一年生のころには「はだしのゲン」を全巻読んだ。

早熟、という言葉を痛々しく思う。今の私は。
大人の言葉を当時の私が使えたとしたら、何を言うかと思うと背中が寒い。

「わたくしごときが平和を甘受する罪悪感」、

とでもいうものを日々背負って生きていたように思う。
どれだけ自分が恵まれているかを知っていた。ゆえに逃げ場はなかった。
如何にして報いるか、とか、恥じることなく生きられるのか、とか、いつも考えていた。
たくさんの命を踏みつけて自分が立っていることを知っていた。幸せになるのは義務だと思った。


知って在る必要はあったのか?

5つや6つの子どもが。
今になってそう投げかけられれば、詰まって答えられない。
私は知っていたし、教えてくれた両親に感謝していた。
文字が読める人間なら、そういったことは知って当然だと思っていたから。

これから私が、養育者の立場になる時には考えなければいけなくなるなと思う。
がまあ、それの是非は今はいいや。


とにかく、こんな感じで、ああ私は傷ついた子どもだったんだな、と思ったのでした。
幸せになるのは義務だと思ってた、というあたりが、その後成長していく上でさらに私を傷つけたんだろうと思います。幸せじゃなかったから。自分はダメな子だと思ったんじゃないかな。でも、自分はダメだと思うことは親をダメだと思うことだから、いろんなことのせいにして……こう……
苦しかったんだよなあ。


そういう事実を、まだまだ掘り起こさなきゃならないのかもしれんなー。
終点まであとどのくらーいーだー。

年明けに先生と相談してくる予定ダス。



ところでハルシオンにリコールかかりましたね。
……まだ飲んでない薬、薬局に持っていったら払い戻してくれないだろうか……
PHS。
どうせメールは無料だし。

何かって、さっき食べた大福に
「生ものですのでなるべく涼しい場所でお早めにお召し上がりください」
て書いてあったんだ。

なにが言いたいのかはわかるんだけど、(笑)。

カマクラで食べるのがベストかな?
もう長い間カマクラできるレベルの雪は仙台じゃ降ってないですけどねー。



FS家が閉じ籠っちゃって寂しいけど、こんな時自分のサイトあってよかったなーてほんと思うなー。なんていうか、安心するも。


☆彰さーん
風邪治ったよー若いでしょ! でもまたひかないようにきをつけまし。うん。
 
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